いつもときめいてる人になりたいな。
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田中泯さんの「マイナー論」
『気づきの啓示板』ブログの11月19に、田中泯さんが出られていた番組、『人を動かす絵 田中泯 画家ベーコンを踊る』のことをちょっと書きました。この番組の中で、泯さんがポロリと語った「マイナー論」には、大いに刺激を受けました。

「マイナー」が何かということについては、ズバリの発言はなかったのですが、「人はマイナーを、メジャーへのステップのように考えているがそうではない」と、強く言い切った言葉が印象的で、背後に確固とした「マイナー論」があることがうかがわれました。(言葉の記述は正確ではありません)

たそがれ清兵衛』で一躍脚光を浴び、最近ではNHKの時代劇などにも出演されている泯さんですが、本業(?)の方の舞踏は、明らかにマイナーです。私が10代から20代だった頃は、泯さんの師匠筋にあたる土方巽さんの暗黒舞踏麿赤兒さんの大駱駝艦は、むしろ今よりもっとメディアへの露出が多かったくらいです。(時代が、ヒッピーカルチャー全盛でしたからね)

さて、この『画家ベーコンを踊る』という番組の中で、泯さんはフランシス・ベーコンの絵画作品を所蔵するイギリスの美術館まで、原画を観に出掛けます。そこで「磔刑像の下の人物のための3つの習作」という三幅対(Triptych)を観るのですが、これには1944年版と1988年版の二つがあるのです。

 
上が1944年版 下が1988年版

泯さんはこの両方を見て、「明らかに1944年版の方が上」と意を強くしたように(自論を正に確認したように)言うんですね。1944年版はフランシス・ベーコンがまだ誰にも評価されていない時代に書いたもの。ところが44年後の1988年にもう一度同じ題材で描いたときには、ベーコンの評価が定まっていたんです。

すると、時代が求めるベーコン評価に、ベーコン自身が合わせるようになってしまったと、眠さんは批判するのです。これは確かに両方を比べてみると、歴然とした違いがあります。後から描かれたものには、叫びのようなエネルギーが感じられません。リビングに飾っておいたら「ああ、ベーコンね」という単なる記号になってしまったというか‥‥。

結局、田中泯さんが言われる「マイナー」というのは、自分の内なる叫びにどこまで忠実かということを仰っている気がしました。

●参考
土方巽さんとベーコンとの関係を知る上で興味深いビデオ
『若冲が来てくれました』に行って来ました。


『若冲が来てくれましたーープライスコレクション江戸絵画の美と生命』を観に、福島県立美術館へ行って来ました。この展覧会はアメリカ人の蒐集家ジョー・プライスさん、悦子さん夫妻が、東日本大震災の報に衝撃を受け、日本の優れた美術品を里帰りさせることで、東北の人々を慰め元気にしたいということから開催されたものです。

その主旨もさることながら、若冲コレクションの見事さが評判を呼んで、福島県立美術館は開館以来の入場者記録を更新しているそうです。私が行ったときにも、小学生から年配まで、たくさんの人々が押し掛けていました。

感心したのは展示品のタイトルの付け方です。小学生にも解るようにと、平易な現代語タイトルが付けられていました。たとえば『鳥獣花木図屏風』には『花も木も動物もみんな生きている』というタイトルが。『達磨遊女異装図』は『<だるま>さんと<ゆうじょ>が着物をとりかえっこ』といったふうに。

私も日本美術に関心を持ったころ、いささか抵抗感を感じたのが、この漢字ばっかりの作品名です。ふりがながなければどう読んでいいか解らないし、何を意味しているのかもピンと来ない。ところが馴れて来ると、読めるようになるのはいいのですが最初の抵抗感を忘れてしまうのです。

そこで、いっぱしの解ったようなつもりになる。スノビズムの世界です。これはよくありませんね。今回の展示ではそれが払拭されていたのが先ずよかった。それに美術には本来言葉がないわけですから、小学生だって素晴らしい作品にはやはり感動すると思うんですよ。

さて、今回私が福島まで行って観たかったのは、やはり『鳥獣花木図屏風』です。この奇想天外な絵の現物をぜひ観てみたかった。現物が日本にない以上、この先いつ観られるかも解らない。このチャンスを逃してなるものか、と思いました。(ところがいま知ったのですが、静岡県立美術館にこれとよく似た『樹花鳥獣図屏風』という作品があるんですね)

若冲ファンならよくご存知でしょう。『鳥獣花木図屏風』は、「枡目描き」という手法で描かれた作品です。この「枡目描き」が、どうして生まれたかに非常に関心がありました。
研究者の間では、これは西陣の下絵(正絵)の手法に習ったものという説が有力だと言うのですが、ネットで調べても「正絵」がどういうものかよく解りませんでした。

「枡目描き」を初めて見たとき、私は単純に、これは「モザイクタイル」を表現したものだと思ったのです。今回実物を観て、やっぱり私には「モザイクタイル」に見えました。

「枡目描き」は、舛の中に舛が描かれているのですが、その描き方が一様ではありません。四角い舛を何重にも描いたものもあれば、四つ描いたもの、丸を描いたものまである。キラ(雲母)を使ったものもあります。これはどうしてだろうと思ったわけです。

これはタイルの立体表現なのではないでしょうか? 屏風を拡げて中心に立ったとき、真ん前に見えるものと端っことではタイルのテカリが違います。そのテカリを多様な表現で描き分けたのではないでしょうか? それに右隻の白象は、いかにもお風呂場のタイルの目地がくすんだような感じに描かれています。

周囲のボーダー模様は、ペルシャ絨毯のパターンを模したものだということは解っています。だとすれば、若冲はモスク建築に見られるモザイクタイルもどこかで同時に見ていたのではないでしょうか? 当時まだ写真はありませんから、博覧会のようなものでタイル画を見たのかも知れません。動物もしかりです。

若冲は様々な描画技法に挑戦した人ですから、モザイクタイルを見て、俄然チャレンジ精神が湧いたとしても不思議ではありません。タイルで絵を描くという方法をもう一回ひねって、タイル画を絵にしてみようと思ったのではないでしょうか? それに当時の一般庶民がまだ見たこともない動物+ペルシャのタイル画というダブル趣向は、見せ物の仕掛けとして非常に魅力的だったことは想像に難くありません。

●公式ホームページ
現代スペイン・リアリズムの巨匠『アントニオ・ロペス展』

Bunkamura ザ・ミュージアムに、現代スペイン・リアリズムの巨匠『アントニオ・ロペス展』を観に行ってきました。
いやぁーよかったです。圧倒されました。
アントニオ・ロペスという人は知りませんでしたが、駅貼りのポスターを見て俄然興味が沸き、出掛けました。

一応リアリズムの巨匠と付いているのですが、この人の絵を見ると「リアリズム」とは何かということを考えさせられます。
筆致はそれほど細かくはありません。私の大好きな若冲などは超細密画の技法で対象物をとことん描きながら、逆に別の世界を作り上げています。
ところがロペスは、細かく描いているわけではないのに、そのリアルさがバンバン伝わって来ます。

いったいロペスは何を描いているのでしょうか? 私はそこに「スピリット」が描かれているのを感じました。都市には都市のスピリット、人物には人物のスピリット、植物には植物のスピリットが、絵をじっと見つめていると画面から滲み出て来る。確かにそこに居るのです。描かれていない筈の「スピリット」が。

これはロペスが「光」を画面に描いているからだと思います。若冲は輪郭を描きました。だから細密に描くほどファンタジーになる。ところがロペスは「光」を描いていく。「光」を定着させていった結果、筆致は粗いけれども、圧倒的なリアリズムがそこにあり、目に見えない「スピリット」まで描き込まれている感じがしてくるのです。

帰りに図録を買って帰りましたが、図録からは「スピリット」まで感じることはできませんでした。
ですから、やはり Bunkamura まで足を運んで観ていただきたいと思います。
彫刻作品も素晴らしいです。そこに確実にサムシングが居るのが伝わって来ます。
すずきすずよ作品展


友人の人形作家、すずきすずよさんの猫人形展を観に行って来ました。
今回はこの少年がメイン。いやぁ、いつ見ても凄いです。
自分を猫だと思っている、あるいは猫になりたい少年かな?

ボクは猫で猫は僕だ
〜2月27日(水曜)まで
12:00〜20:00
ボストン美術館展
 
尾形光琳『松島図屏風』

『ボストン美術館展』へ行って参りました。会期終了間際とあって、入場まで40分待ち。凄い人気です。
私のお目当ては、第一に尾形光琳の「松島図屏風」。「燕子花図屏風」の抑えた画風とは違って、こちらはなんともはやダイナミックです。それに色が凄い。
やっぱり絵というよりはデザインですね。結婚式の引き出物の包装紙なんかにピッタリだと思いませんか?

俵屋宗達『松島図屏風』

俵屋宗達の絵と比べてみますと、宗達の方は絵。でも宗達もいいですねぇ。光琳のようにリズミックに描いていない分、波が激しく渦巻いている感じがします。
光琳の波は意匠を凝らしていますが、そういう意味では意匠の凄さが見えて、波の激しさはそれほど感じません。
光琳でいいと思うのは左上の金地。水平線の輝きが何か希望を感じさせますね。

尾形光琳展
 

先週の木曜、根津美術館へ尾形光琳展を観に行って来ました。
根津美術館所蔵の国宝「燕子花図屏風」と、メトロポリタン美術館所蔵の「八橋図屏風」が一緒に並ぶまたとない機会。
ということで、平日にも関わらず、とても賑わっていました。

私が光琳さん大好きなのは、その類い稀なるクールなセンス。
画家と言うのでもない、絵師と言うのでもない、光琳にいちばんピッタリな言葉はやっぱりデザイナーだと思う。
何が違うかと言うと「余白」です。
画家は描きこんでいきますが、光琳は描かない。削いで削いで、必要なものだけをズバリ、大胆に画面に置く。

見る者は、「余白」に「世界」を見るよう設計されている。
これが西洋絵画にはない、光琳の素晴らしさだと思うんです。
「蹴鞠布袋図」や「立葵図」の潔さ。ギリギリのところで止めている。

さて、「燕子花図屏風」と「八橋図屏風」。私はやっぱり「燕子花図屏風」の方が好き。
「燕子花図屏風」は地の金箔と群青と緑青の三つしか要素がない。
それでいて燕子花が主役になり、燕子花が群生している「世界」が確かに見える。
でも「八橋図屏風」は、燕子花が主役なのではなく、八橋を渡るイメージ、「物語」絵巻になっているように思えます。

尾形光琳は俵屋宗達を目標にしてそれを超えようとした。
そして今度は酒井抱一が尾形光琳を目標にしてそれを超えようとした。

酒井抱一は、光琳が描いた「風神雷神図屏風」の裏側に「夏秋草図屏風」を描きました。
その「夏秋草図」、「雷神図」の裏は驟雨にうたれて生気を戻した夏草と増水した川の流れ、「風神図」の裏には強風にあおられる秋草と舞い上がる蔦の紅葉を描かれています。
このダジャレのセンスもステキです。


ジャクソン・ポロックの人生に対する仮説

ジャクソン・ポロック展』を観に行ってきました。画学生のような人が多くて、けっこう混んでいました。
ジャクソン・ポロックについては、その人物像にとても興味があったのですが、絵を見ながら、私には次のようなインスピレーションが沸きました。

これは、単なる「妄想」と受け取っていただいて構いませんが、ジャクソン・ポロックの直前の前世はネイティブアメリカン、その前の前世は日本人の水墨画家だったのではないでしょうか?

ジャクソン・ポロックは、わずか44歳で飲酒運転による自動車事故で死亡してしまったのですが、その画風を見ると、大きく四期に分けられます
第一期は、暗く陰鬱な内面を描いた時代
第二期は、ヨーロッパのモダンアートに触れて模索を始めた時代
第三期は、「ポーリング」や「ドリッピング」の技法を考案し、現代絵画に革新をもたらした時代
第四期は、水墨画の時代

第四期の「水墨画の時代」というのは、私が勝手にそう名づけたもので、ジャクソン・ポロックが水墨画を描いたわけではありません。しかし、私にはそれがまさに水墨画に見えたのです。
カラフルなポーリングの絵を描いていたときには、ペイントの粘度を高くしてキャンバスに落としていたのに対し、第四期になると、逆に粘度を下げて滲ませる工夫までしている。

この色彩を排除した晩年の作品群は絶頂期からすれば「退行」と言われているらしいのですが、私は「進化」していると思いました。
ポロックはそうせざるを得なかったと思うんです。色彩を排除することで次の高みを目指したかった。でもそれが西洋絵画のマーケットでは受け入れられなかったのではないでしょうか。

確かに、絶頂期のポロック作品は、それまでの陰鬱な気分を跳ね返して心を解放するような躍動感に満ちあふれています。
それは単に絵の雰囲気というだけではなく、技法や、当時の画壇のルールをも跳ね飛ばす勢いがあったのでしょう。
だからこそ時代性と深く結びついた価値を持ったのだと思います。

こんなことはそうめったにあるものではありません。
ポロック自身「くそっ、ピカソが全部やっちまいやがった」と言ったと伝えられていますから、生涯、新しい絵画を求め続けていたことは確かです。
そしてそれがついに「ポーリング」によって適った。その喜びが、絵に溢れているのがうかがえます。

さてここで仮説(というより妄想と言うべきでしょうが)なのですが、第一期の暗く陰鬱な内面を描いた時代の作品は、ネイティブアメリカンのデザインモチーフが随所に表れています。
ポロックはニューヨーク時代に、ネイティブアメリカンが描く砂絵に興味を持ちこれを研究したといいます。(私は実際にこの砂絵の映像を見てびっくりしました。チベット密教の「砂絵曼荼羅」とそっくりなのです)

ポロックの直前の前世はネイティブアメリカンで、そのときも画家だったが、白人に殺されてしまったのではないでしょうか。そのカルマが陰鬱な絵になったり、アルコール依存症になったり、批評家たちからの酷評になったり、44歳で非業の死を遂げるという人生に影響を与えたと思います。

またその前の人生は日本人の水墨画家で、「ポーリング」の技法を開発したときに、この前世の感覚を呼び覚ましたのではないかと思います。
ポロックは絵を描いているときには絵の中に入り込んでいる、つまり一種のトランス状態に入っていると言っています。これはミロが語った「無意識」とか、シュルレアリスムの「オートマティスム(自動筆記)」と同じことだと思うんです。
ですから、ポロックが「成功」を勝ち得た「ポーリング」を敢えて捨てて、次に進もうとしたのは、当然過ぎるくらい当然なんですね。

絵に限らず、「仕事」というものを捉えたときに、身につけたノウハウで仕事をしようとする人と、常に次を追究したい人と、二種類の人が居るんです。
後者は、それまでのノウハウを否定してしまうこともあるので、はなはだ効率が悪い。でもそういうタイプの人は、今までのノウハウで同じことをやるなんて、気持ち悪くてとても出来ないんです。
ポロックもきっとそういう人だったと思います。


これなんかは正に「書」。右から「心・技・体」と書いてあるように見えました。
そう見えません? 「体」は横になった人型だけど。
私が日本人名をつけて差し上げましたよ。
若村歩緑

会期:5月6日まで 東京国立近代美術館
表現者の苦悩
「表現をしたい」これは多かれ少なかれ、誰でもが持っている欲求だと思う。
しかしその湧き立つ衝動がどうしても抑えられない少数の人々は、そこに特化し、アーティストとなっていく。
そして、表現者がほぼ共通に持つ壁にぶちあたる。

1.自己の限界を超えられない
2.理解者がいない
3.生活できない

この3つを、すべて克服できた表現者は幸せだ。
あっと驚く『紅白梅図屏風』
『紅白梅図屏風』

 尾形光琳作『紅白梅図屏風』。その絵の中央に流れる黒々とした川。
この部分の作法は長年謎とされてきましたが、最新の科学分析によって、銀箔を貼った上に硫黄の粉を塗布し、硫化銀に組成変化させたものであったことが、このほど解ったそうです。

尾形光琳は私のもっとも好きな作家です。
大胆な構図とコントラスト、思い切りのよさ、モダンさ、華やかさ。
画家というよりも、現代で言うところのデザイナー感覚に溢れているところが、大好きな理由です。
これは尾形光琳が、京都の裕福な呉服商「雁金屋」に生まれ育ったということが、大きかったのでしょう。
きっとそこで、着物の柄に目を凝らしたに違いありません。

『燕子花図屏風』

『紅白梅図屏風』は、静岡のMOA美術館の所蔵ですが、私は4年ほど前に現物を観に行きました。
光琳の中では『燕子花(かきつばた)図屏風』がいちばん好きなのですが、『紅白梅図屏風』はそれよりもいくぶん渋くまとめられています。
中央の川の輪郭はこの上なく大胆ですが、黒地に波紋が焦げ茶で塗り分けられ、その大胆さを和らげ両脇の梅の木とよくマッチしています。

と思っていたら、なんとまあ、これが違っていたんですねぇ。(≡^∇^≡)

NHKの『日曜美術館』で、日本画家の森山知己さんが、今回解明された技法を試してみるのですが、出来上がった模写は、あっと驚くモダンデザインでした。
水流の波紋が、焦げ茶色じゃなくて銀色にピカピカしているです。
日本画の上に、包装紙をハサミで切り抜いてペタッと貼付けた感じとでも言えばいいでしょうか。今でいうコラージュみたいなんです。
この若々しさには度肝を抜かれました。

光琳は、やっぱり光琳だったんです。
いやぁ、凄いとしか、言いようがありません。