いつもときめいてる人になりたいな。
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若きギャレス・マローンの父性

NHKのBSドキュメンタリーで、ギャレス・マローンの合唱もの番組「ギャレス・マローンと“軍人の妻”合唱団」(3話連続)が放映されました。
私はこのシリーズが大好き。
なぜか最初から最後まで涙が出っぱなしで止まりません。

ストーリーに感動しているわけではありません。
お話は『フルモンティ』と同じで、自信がないイケていない人たちが集まり、合唱団を結成して成功を収めるという、イギリス人が大好きなパターンです。
やっぱり音楽が持つ力なんでしょうか?


合唱団を指揮するギャレス・マローンは、若くてイケメン。
ただし白人にしては胴長短足で、ファッションセンスがダサイのはご愛嬌。(ってこんなこと書くとファンに怒られるかな?)

このシリーズが心に響くのは、ギャレス・マローンの一途な情熱にあるのかも知れません。
理想を持っていて、それを実現するために着々と行動し、周囲の人たちを巻き込んで、必ず実現する。
その実行力と、しつこさと、技術には、凄いものがあります。

そして今回の番組を見て気がつきました。ギャレス・マローンは30代そこそこなのに「父性」をしっかり持っているんです。
理想、指導力、厳しさ、いたわり。これらを兼ね備えた能力は、きっと天性のものなのでしょう。
ボストン美術館展
 
尾形光琳『松島図屏風』

『ボストン美術館展』へ行って参りました。会期終了間際とあって、入場まで40分待ち。凄い人気です。
私のお目当ては、第一に尾形光琳の「松島図屏風」。「燕子花図屏風」の抑えた画風とは違って、こちらはなんともはやダイナミックです。それに色が凄い。
やっぱり絵というよりはデザインですね。結婚式の引き出物の包装紙なんかにピッタリだと思いませんか?

俵屋宗達『松島図屏風』

俵屋宗達の絵と比べてみますと、宗達の方は絵。でも宗達もいいですねぇ。光琳のようにリズミックに描いていない分、波が激しく渦巻いている感じがします。
光琳の波は意匠を凝らしていますが、そういう意味では意匠の凄さが見えて、波の激しさはそれほど感じません。
光琳でいいと思うのは左上の金地。水平線の輝きが何か希望を感じさせますね。

尾形光琳展
 

先週の木曜、根津美術館へ尾形光琳展を観に行って来ました。
根津美術館所蔵の国宝「燕子花図屏風」と、メトロポリタン美術館所蔵の「八橋図屏風」が一緒に並ぶまたとない機会。
ということで、平日にも関わらず、とても賑わっていました。

私が光琳さん大好きなのは、その類い稀なるクールなセンス。
画家と言うのでもない、絵師と言うのでもない、光琳にいちばんピッタリな言葉はやっぱりデザイナーだと思う。
何が違うかと言うと「余白」です。
画家は描きこんでいきますが、光琳は描かない。削いで削いで、必要なものだけをズバリ、大胆に画面に置く。

見る者は、「余白」に「世界」を見るよう設計されている。
これが西洋絵画にはない、光琳の素晴らしさだと思うんです。
「蹴鞠布袋図」や「立葵図」の潔さ。ギリギリのところで止めている。

さて、「燕子花図屏風」と「八橋図屏風」。私はやっぱり「燕子花図屏風」の方が好き。
「燕子花図屏風」は地の金箔と群青と緑青の三つしか要素がない。
それでいて燕子花が主役になり、燕子花が群生している「世界」が確かに見える。
でも「八橋図屏風」は、燕子花が主役なのではなく、八橋を渡るイメージ、「物語」絵巻になっているように思えます。

尾形光琳は俵屋宗達を目標にしてそれを超えようとした。
そして今度は酒井抱一が尾形光琳を目標にしてそれを超えようとした。

酒井抱一は、光琳が描いた「風神雷神図屏風」の裏側に「夏秋草図屏風」を描きました。
その「夏秋草図」、「雷神図」の裏は驟雨にうたれて生気を戻した夏草と増水した川の流れ、「風神図」の裏には強風にあおられる秋草と舞い上がる蔦の紅葉を描かれています。
このダジャレのセンスもステキです。


ウグイス

小鳥の鳴き声に起こされました。
散歩をすると、いろんな声が聴こえます。でも自分に判るのはウグイスだけ。
ウグイスって毎年同じ所に巣を作るのかしら。いつも同じ場所に来ると聴こえる。
その声が届く範囲も半端じゃない。300mmは優に超えている感じがします。
それと、春って、紫色の花がたくさん咲くんですね。新しい発見でした。
ジャクソン・ポロックの人生に対する仮説

ジャクソン・ポロック展』を観に行ってきました。画学生のような人が多くて、けっこう混んでいました。
ジャクソン・ポロックについては、その人物像にとても興味があったのですが、絵を見ながら、私には次のようなインスピレーションが沸きました。

これは、単なる「妄想」と受け取っていただいて構いませんが、ジャクソン・ポロックの直前の前世はネイティブアメリカン、その前の前世は日本人の水墨画家だったのではないでしょうか?

ジャクソン・ポロックは、わずか44歳で飲酒運転による自動車事故で死亡してしまったのですが、その画風を見ると、大きく四期に分けられます
第一期は、暗く陰鬱な内面を描いた時代
第二期は、ヨーロッパのモダンアートに触れて模索を始めた時代
第三期は、「ポーリング」や「ドリッピング」の技法を考案し、現代絵画に革新をもたらした時代
第四期は、水墨画の時代

第四期の「水墨画の時代」というのは、私が勝手にそう名づけたもので、ジャクソン・ポロックが水墨画を描いたわけではありません。しかし、私にはそれがまさに水墨画に見えたのです。
カラフルなポーリングの絵を描いていたときには、ペイントの粘度を高くしてキャンバスに落としていたのに対し、第四期になると、逆に粘度を下げて滲ませる工夫までしている。

この色彩を排除した晩年の作品群は絶頂期からすれば「退行」と言われているらしいのですが、私は「進化」していると思いました。
ポロックはそうせざるを得なかったと思うんです。色彩を排除することで次の高みを目指したかった。でもそれが西洋絵画のマーケットでは受け入れられなかったのではないでしょうか。

確かに、絶頂期のポロック作品は、それまでの陰鬱な気分を跳ね返して心を解放するような躍動感に満ちあふれています。
それは単に絵の雰囲気というだけではなく、技法や、当時の画壇のルールをも跳ね飛ばす勢いがあったのでしょう。
だからこそ時代性と深く結びついた価値を持ったのだと思います。

こんなことはそうめったにあるものではありません。
ポロック自身「くそっ、ピカソが全部やっちまいやがった」と言ったと伝えられていますから、生涯、新しい絵画を求め続けていたことは確かです。
そしてそれがついに「ポーリング」によって適った。その喜びが、絵に溢れているのがうかがえます。

さてここで仮説(というより妄想と言うべきでしょうが)なのですが、第一期の暗く陰鬱な内面を描いた時代の作品は、ネイティブアメリカンのデザインモチーフが随所に表れています。
ポロックはニューヨーク時代に、ネイティブアメリカンが描く砂絵に興味を持ちこれを研究したといいます。(私は実際にこの砂絵の映像を見てびっくりしました。チベット密教の「砂絵曼荼羅」とそっくりなのです)

ポロックの直前の前世はネイティブアメリカンで、そのときも画家だったが、白人に殺されてしまったのではないでしょうか。そのカルマが陰鬱な絵になったり、アルコール依存症になったり、批評家たちからの酷評になったり、44歳で非業の死を遂げるという人生に影響を与えたと思います。

またその前の人生は日本人の水墨画家で、「ポーリング」の技法を開発したときに、この前世の感覚を呼び覚ましたのではないかと思います。
ポロックは絵を描いているときには絵の中に入り込んでいる、つまり一種のトランス状態に入っていると言っています。これはミロが語った「無意識」とか、シュルレアリスムの「オートマティスム(自動筆記)」と同じことだと思うんです。
ですから、ポロックが「成功」を勝ち得た「ポーリング」を敢えて捨てて、次に進もうとしたのは、当然過ぎるくらい当然なんですね。

絵に限らず、「仕事」というものを捉えたときに、身につけたノウハウで仕事をしようとする人と、常に次を追究したい人と、二種類の人が居るんです。
後者は、それまでのノウハウを否定してしまうこともあるので、はなはだ効率が悪い。でもそういうタイプの人は、今までのノウハウで同じことをやるなんて、気持ち悪くてとても出来ないんです。
ポロックもきっとそういう人だったと思います。


これなんかは正に「書」。右から「心・技・体」と書いてあるように見えました。
そう見えません? 「体」は横になった人型だけど。
私が日本人名をつけて差し上げましたよ。
若村歩緑

会期:5月6日まで 東京国立近代美術館
遠藤 実さんの『人生三十三言』
遠藤 実(えんどう みのる)さんは、戦後歌謡界を代表する大作曲家で、生涯に5,000曲以上も曲を作られたそうです。流しの演歌師から作曲家となり、自分の名前を冠した「ミノルフォン」というレコード会社まで設立した立志伝中の人物。

その遠藤 実さんが『人生三十三言』という格言を残されています。
苦労人であった遠藤 実さんならではの凝縮された言葉。
あまり知られていないようですが、素晴らしいものですので、ここにご紹介させていただきます。


遠藤 実さんは、戦時中、新潟県に疎開していたときに「門付け(かどづけ)」をやっていたんだそうです。門付けというのは芸を民家の軒先で披露して金品を貰う習慣。越後獅子などはそのスタイルでした。遠藤さんはその延長で、流しの演歌師になったんです。
遠藤さんラーメンがお好きでね、僕は一度一緒に食べに行ったことがあります。「昔を思い出すんだ」と仰っていました。
たんぽぽが満開

東京では桜の花ももう終わり。最後はちょっとみすぼらしいけれど、この後、青々とした若葉でいっぱいになる桜も大好きです。
桜の花びらが落ちた足許を見ると、たんぽぽが満開。
たんぽぽって、どんなところにも生えて来る逞しさがあって、だからそんなに有り難がっては見られない花だけれど、名前も花も可愛らしいじゃありませんか。
たんぽぽが咲いていないと、どうも春らしくありませんね。
たんぽぽというと、僕はどうしてもレイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』を思い出してしまいます。 
『梅ちゃん先生』いまひとつ
 NHK朝ドラの録画予約をそのままにしていたので『梅ちゃん先生』を見ました。
でも2回めでダウン。役者さんたちがどうもね。どなたとは申しませんが。
『カーネーション』は、上手くて味のある人ばっかりだったのにね。いったい何が違うんでしょう。

東京制作のものは、キャスティングにどうも有名人を並べようとしているように見えます。これが間違いだと思うんです。
ドラマでも歌でも、ヒット狙いは、みんながよく知っている最大公約数をめざそうとするのですが、でも本当にヒットしたものというのは真逆です。
たった一人のため、あるいは自分の中の抑えられない衝動を表出したとき、そこに何か普遍性があって、じわじわとヒットしていくのです。
あっという間に
山椒の若葉がニョキニョキ出て来て、あっという間に大きく成長しています。
タケノコも凄いですが、この時期の春の生命力というものは、大変なパワーを秘めていますね。
わが家の山椒はもう少し大きくなると、このあと青虫くんにあっという間に食べられて、丸裸になってしまいます。
そうなる前に、大急ぎで筍ご飯をしなくっちゃ。
継続力の公式
健康法にしろ、ダイエットにしろ、習い事にしろ、何事も継続するは難しいですね。
今朝、「継続力」の公式というのが頭にパッと浮かんだので、ここに記します。

                    モチベーションの高さ
継続力  =  気づき(または強制力)+  ――――――――――――  +  成果
                    プラクティスの難易度

先ずは、それが本当に必要なことなのだという「気づき」が起きることが前提です。これがあってこそ、次のモチベーションの高さに繋がっていく。
小さい子にお稽古事をさせるときには、最初は「強制力」でしょう。でも、「強制力」だけでは長続きはしませんね。どこかで本人の中に「強制力」が「気づき」に変化することがないと、継続はやはり難しい。

次に、「モチベーションの高さ」ですが、何か具体的な目標があると高まると思います。マラソンだってゴールが設定されているから走れると思うんです。ですから、永遠とゴールがないもののような場合は、身近な達成しやすい目標をとりあえず設定するといいと思います。
それと同時に、プラクティスの難易度を下げるということ。最初から難しいことをやろうとしたら、モチベーションが萎えてしまいますね。

そして「成果」です。「成果」が目に見えるようであれば、達成感や喜びが起きて、次の「継続力」につながっていく。ですから、そのためにも、小さな目標を設定して、それをクリアしながら繋いで行くというのが、継続のコツということになりそうです。